出社回帰とリモートワーク、揺れ動く働き方の中で「住む場所」はどう選ぶべきか
「フルリモートだから通勤は考えなくていい」と郊外や地方に引っ越したら、 数年後に出社方針が変わって通勤地獄になった——そんな話が珍しくなくなりました。 この記事では、東京23区と近郊3県(神奈川・埼玉・千葉)の1R家賃を街くらべの実データで比べ、 その差額を「出社1回あたり」に割り直します。 出社頻度が読めない時代の立地選びを、感覚ではなく数字で考えるための材料です。
「フルリモート前提」の移住が抱えるリスク
働き方が会社都合で決まる以上、個人の住居選択は常に「その時点の会社方針」に賭ける形になります。 フルリモートを前提に通勤時間を無視して住む場所を決めると、 会社の方針転換ひとつで生活設計が崩れるリスクを抱え込むことになります。
実際に、コロナ禍で地方や郊外に移住した人の中には、 その後の出社方針の変化で「月に数回の出社」のために長距離通勤や前泊を強いられているケースがあります。 引っ越しは賃貸契約・学校・地域コミュニティなど生活基盤ごと動かす行為なので、 方針が変わったからといってすぐに住み直せるものではありません。
一方で「どうせ出社することになるから」と都心近接に固執するのにも、家賃という形で毎月確実に払い続けるコストがあります。 問題は、この「都心に住むためのコスト」と「郊外に住んで通勤するコスト」が、 出社頻度によってどう釣り合うかです。 ここからは、街くらべが持つ家賃データでその釣り合いの片側——家賃差——を実測していきます。
まず、都心と郊外の家賃差を実測する
ここでは「都心」を東京23区、「郊外」を神奈川・埼玉・千葉の人口10万人以上の市とします。 23区は全23区、近郊3県は家賃データのある52市 (政令指定都市は市全体の値を1件として数えています)の1R(ワンルーム)平均家賃を使い、それぞれの中央値を比べます。 平均ではなく中央値を使うのは、一部の突出して高い街に数字が引っ張られないようにするためです。
東京23区(全23区)の中央値
91,320円/月
近郊3県(52市)の中央値
61,676円/月
差額(23区 − 近郊)
29,645円/月
年額 355,734円(約36万円)
中央値どうしで比べると、都心に住むと郊外の同じ間取りより毎月29,645円、年間で約36万円多く払うことになります。 倍率にすると1.48倍です。 3割以上の開きがあり、家賃の重みがはっきり違う水準です。 ただし、この年額の差が大きいか小さいかは、それを「何回の出社」で割るかで印象が変わります。それが次のセクションの主題です。
都県境と家賃の境目は一致しない
近郊3県の52市のうち14市は、 23区で最も家賃が安い足立区(月67,137円)より高い水準です。 具体的には鎌倉市・川崎市・浦安市・朝霞市・横浜市 などで、 近郊で最も高い鎌倉市(神奈川県)は月83,183円。 23区の5区がこれより安く、 「23区か、県外か」という二択の立て方そのものが、家賃の実態とはずれているということです。 都心の安い側の区と近郊の高い側の市を比べるなら、家賃はほぼ同じで、違うのは通勤時間だけ、という組み合わせが実際にあります。
なお、近郊3県の中の開きも小さくありません。最も高い鎌倉市と最も安い野田市(千葉県)の差は 月35,904円で、 「郊外」とひとまとめに語ると、この幅を見落とします。
出社頻度で割ると見える「出社1回の値段」
年間の家賃差を年間の出社日数で割ると、「都心に住むことで、出社1回あたりいくら払っているか」が出ます。 逆から読めば、郊外に住む人にとって「出社1回に使える交通費と時間の上限」でもあります。
出社日数は、年間48週(年末年始・夏季休暇・有給などで4週分を除く)に週あたりの出社日数をかけた値と仮定します。 週1日なら48日、週2日なら96日、週3日なら144日、週5日なら240日です。 実際の日数は会社のカレンダーで置き換えてください。
| 出社頻度 | 年間出社日数 | 中央値どうし (91,320円 vs 61,676円) | 最も高い港区に住む場合 (196,115円 vs 61,676円) |
|---|---|---|---|
| 週1日 | 48日 | 7,411円/回 | 33,610円/回 |
| 週2日 | 96日 | 3,706円/回 | 16,805円/回 |
| 週3日 | 144日 | 2,470円/回 | 11,203円/回 |
| 週5日 | 240日 | 1,482円/回 | 6,722円/回 |
家賃差は1R平均家賃の中央値どうし(右列は23区で最も高い区と近郊中央値)の差を12倍した年額。出社日数は年48週 × 週あたり出社日数の仮定。
週1日出社なら、都心に住むことで出社1回につき7,411円を家賃として払っている計算になります。 週5日出社では1回1,482円まで下がります。 同じ家賃差でも出社頻度が5倍違えば1回あたりの負担は5分の1になる、という当たり前の算数ですが、 金額で並べると印象が変わるはずです。 週1日で1回7,411円という数字は、往復の交通費と通勤時間を足しても郊外のほうが安いと感じる人が多いでしょう。 一方、週5日で1回1,482円まで下がると、郊外側で増える往復の交通費や通勤時間に見合うかどうかは人によって分かれます。
右の列は、都心の中でも最も家賃が高い港区に住んだ場合です。 中央値どうしの比較に対して4.5倍の水準になります。 「都心に住む」と言っても、どの区を選ぶかで出社1回の値段はこれだけ違います。 区ごとの家賃の並びは東京23区は本当に家賃が高いのかで全区を掲載しています。
自分の数字で「損益分岐の出社頻度」を出す
上の表は釣り合いの片側、家賃差だけです。郊外に住むと、出社1回ごとに交通費と通勤時間が増えます。 この2つは街くらべにデータがありません(路線・駅からの距離・所要時間・定期代はいずれも持っていません)。 そこで、次の手順で自分の数字を入れて計算してください。
- 候補にしている2地点(都心側と郊外側)の家賃の差 × 12 = 年間の家賃差
- 週あたりの出社日数 × 48 = 年間の出社日数
- ①÷② = 出社1回あたりの家賃差(都心に住むと1回の出社にいくら払っているか)
- 郊外側で増える往復の交通費 + 増える往復の通勤時間 × 自分の時給換算 = 郊外に住むと出社1回あたり増える負担
- ③が④より大きければ郊外、小さければ都心のほうが金銭的には有利
仮の数字を入れてみる(当サイトのデータではなく仮定です)
仮に、郊外に住むと往復で60分通勤が長くなり、その時間を時給2,000円で評価し、 往復の交通費が1,000円増えるとします。 出社1回あたりの追加負担は2,000円+1,000円=3,000円です。 中央値どうしの年間家賃差355,734円をこれで割ると、損益分岐点は 年間119日、週あたり約2.5日の出社になります。 つまりこの仮定では、週3日以上出社するなら都心、週2日以下なら郊外のほうが金銭的には有利、という境目になります。 上の表の4パターンに当てはめると、週1日・週2日では郊外、週3日・週5日では都心が有利です。
時給換算の置き方には正解がありません。通勤時間を読書や仕事に使える人は低めに、満員電車の消耗を重く見る人は高めに置くのが自然です。 交通費が会社負担なら④から交通費を除きます。 また、ここでは家賃差を「都心の中央値と郊外の中央値」で取りましたが、実際に比べるのは自分の候補2地点の家賃です。 前のセクションで見たように、都心の安い側の区と郊外の高い側の市では家賃差がほとんど無いこともあり、その場合は③がゼロに近づいて、判断は通勤時間だけで決まります。
この計算のいちばんの効用は、「出社頻度がこう変わったら、住む場所の正解もこう変わる」という感度が見えることです。 週2日出社が週4日になったとき、自分の候補地の損益がどちらに倒れるかを、引っ越す前に知っておけます。
フルリモートが崩れたときの「地方」の家賃差
ここまでは通勤圏の中での話でした。フルリモートを前提に地方へ移る場合、家賃差はもっと大きくなる代わりに、 出社が発生したときのコストが桁違いになります。 全国の人口10万人以上の市区町村(家賃データのある277件)で1R家賃が安い順にTOP10を出し、 東京23区の中央値との差を年額で示します。
| 順位 | 市区町村 | 1R家賃 | 23区中央値との差(月) | 年額 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 霧島市 鹿児島県 | 32,907円 | 58,413円 | 70万円 |
| 2 | 桐生市 群馬県 | 36,704円 | 54,616円 | 66万円 |
| 3 | 大牟田市 福岡県 | 37,413円 | 53,907円 | 65万円 |
| 4 | 別府市 大分県 | 38,749円 | 52,571円 | 63万円 |
| 5 | 石巻市 宮城県 | 38,808円 | 52,512円 | 63万円 |
| 6 | 北見市 北海道 | 39,357円 | 51,963円 | 62万円 |
| 7 | 延岡市 宮崎県 | 40,754円 | 50,566円 | 61万円 |
| 8 | 江別市 北海道 | 40,769円 | 50,551円 | 61万円 |
| 9 | 都城市 宮崎県 | 40,835円 | 50,485円 | 61万円 |
| 10 | 八代市 熊本県 | 41,078円 | 50,242円 | 60万円 |
1位の霧島市(鹿児島県)は月32,907円。 23区中央値との差は月58,413円、年額で約70万円です。 全国の人口10万人以上の中央値(51,960円)と比べても月19,053円安い水準です。
この年額差を、あなたの出社1回分の往復交通費(新幹線や飛行機を使うならその往復運賃)で割ってみてください。 出てくる数字が「家賃の節約分で賄える、年間の出社回数」です。 交通費のデータは街くらべにないので、ここは読者ご自身の計算に委ねます。 この回数が、会社から求められそうな年間の出社回数を大きく上回るなら、フルリモートが部分的に崩れても計算は成り立ちます。 逆に両者が近いなら、その移住は「フルリモートが続くこと」への賭けです。
注意点として、表の街が東京からどれくらいの距離にあるか、新幹線や空港が使えるかは、街くらべのデータには含まれていません。 また、家賃が安い街は所得水準も低い傾向があり、額面の安さがそのまま家計の余裕にはならないことを 家賃と所得の相関から見る「コスパの良い街」で確認しています。
出社頻度が読めない時代の「決め方」
数字を出したうえで、どう決めるか。会社の方針が変わることを前提にすると、立地選びは「最適解を当てる」より「外れたときの被害を小さくする」発想になります。3つの考え方を挙げます。
- ● 可逆性を残す。 住み直せる選択かどうかを最初に確認します。賃貸なら契約の区切りで動けますが、購入は方針転換への耐性がぐっと下がります。 フルリモート前提で遠方に移るなら、少なくとも最初の数年は賃貸で様子を見る、という順序が安全です。 引っ越しには家賃の数か月分に相当する費用がかかるので、「間違えたら戻る」にも実際のコストがあることは織り込んでおきます。
- ● 中間地点を候補に入れる。 「都心か地方か」の二択ではなく、「フルリモートでも快適」かつ「必要になれば主要駅まで一定時間で出られる」という二条件を満たす近郊は、方針転換への耐性が高いゾーンです。 前のセクションで見たとおり、近郊3県の14市は23区で最も安い足立区より家賃が高く、都県境をまたいでも家賃が下がるとは限りません。中間地点を選ぶときは、家賃差の大きさをまず数字で確認してから通勤時間と引き換えるべきです。
- ● 契約期間と会社の方針見直しのタイミングを揃える。 賃貸の更新は多くの場合2年ごとです。会社の出社方針が年度や半期の区切りで見直されるなら、 更新時期をその直後に置いておくと、「方針が変わったのに、あと1年半動けない」という状況を避けやすくなります。
あわせて、出社頻度ごとの「通勤時間の許容ライン」も数字で持っておくと判断がぶれません。 たとえば「月の通勤総時間は10時間まで」と決めたとします。 週5日出社(月20日)なら片道の許容は約15分、週2日出社(月8日)なら約38分。 同じ上限でも、出社頻度によって許容できる通勤時間は倍以上変わります。 これに前のセクションの「出社1回あたりの家賃差」を重ねれば、時間とお金の両面から候補地を絞れます。
最後に、街くらべの各市区町村ページには家賃・所得・治安・医療・子育てのデータを掲載していますが、 「主要駅までの所要時間」や「乗換の回数」といったアクセスの質は数字にしていません。 候補地が決まったら、実際に平日の通勤時間帯に主要駅までの所要時間を調べておくことをおすすめします。
この計算に入っていないもの、そしてまとめ
正直に書いておくと、この記事の数字は「住む場所の答え」ではなく「考えるための出発点」です。次の点が計算の外側にあります。
- ● 路線・駅からの距離・都心までの所要時間・通勤定期代。いずれも街くらべは保有していません。損益分岐の試算で置いた通勤時間と交通費は仮定であり、実際の数字に置き換える必要があります。
- ● 1Rの平均家賃である。単身者向けの相場です。1LDKや2LDK以上では都心と郊外の開き方が変わるため、二人以上の世帯はこの差額をそのまま当てはめられません。
- ● 区・市の中の差。同じ区でも駅前とバス便のエリアでは家賃が大きく違います。区や市の平均で候補を絞ったあとは、駅単位で見直してください。
- ● 時系列の変化。ここで使った家賃は1時点の値です。都心と郊外の差が広がっているのか縮んでいるのかは、このデータからは分かりません。
- ● 東京23区と近郊3県の市の1R家賃中央値の差は月29,645円、年間約36万円。
- ● 出社1回あたりに直すと、週1日出社で7,411円、週5日出社で1,482円。同じ家賃差でも出社頻度で重みが変わる。
- ● 郊外の追加負担を出社1回3,000円と仮定すると、損益分岐は週約2.5日出社。自分の交通費と時間の価値で置き換えて計算し直す。
- ● 全国で最も1R家賃が安い霧島市なら23区中央値との差は年約70万円。その差額で賄える出社回数を、自分の往復交通費で割って確かめる。
- ● 方針は変わるものとして、可逆性を残し、中間地点を候補に入れ、契約の区切りを会社の見直し時期に揃える。
「フルリモートだから」「出社が増えたから」という一時点の条件で決めるのではなく、 出社頻度が動いたときに自分の候補地の損益がどう倒れるかまで見ておく。 それが、働き方の振れ幅を前提にした立地選びの、いちばん現実的な備えだと考えています。
この記事の数字について(使用データ・算出方法)
- 出典
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- 民間賃貸物件データに基づく1R(ワンルーム)平均家賃
- 総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数」(人口)
- 算出方法
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- 都心=東京23区(市区町村コード13101〜13123。集計行である特別区部13100は除外)、郊外=神奈川県・埼玉県・千葉県の人口10万人以上の市
- 政令指定都市は市全体の行を1件として扱い、その行政区は二重計上を避けるため集計から除外(市全体の行に家賃データが無い場合は行政区をそのまま使用)
- 中央値は対象市区町村の1R平均家賃を昇順に並べた中央の値(平均より外れ値の影響を受けにくいため採用)
- 年間出社日数は「年48週 × 週あたり出社日数」の仮定(週1日=48日、週2日=96日、週3日=144日、週5日=240日)
- 出社1回あたりの家賃差 =(都心側の家賃 − 郊外側の家賃)× 12 ÷ 年間出社日数
- 損益分岐の試算は、郊外に住むと出社1回あたり往復60分の通勤時間増(時給2,000円で換算)と交通費1,000円増、という当サイト独自の仮定に基づく。路線・駅距離・通勤時間・定期代の実データは保有していない
- 全国の安い順TOP10は人口10万人以上の市区町村(政令指定都市は市全体で1件)のうち家賃データがあるものを昇順に並べた上位10件
- 集計対象
- 家賃データがある東京23区の23区、近郊3県(神奈川・埼玉・千葉)の人口10万人以上で家賃データがある52市、全国の人口10万人以上で家賃データがある277市区町村。人口規模の小さい町村は物件数が少なく平均家賃が振れやすいため除外しています。
本文中の順位・平均値・相関係数は、街くらべが保有する全国1,917市区町村のデータベースから ページ表示時に算出しています。 東京都特別区部(23区の合計値を持つ集計行)は二重計上を避けるため全ての集計から除外しています。 元データに欠損がある市区町村は、その指標の集計から除外されます。